27.04.月花庭園1

462: 名無しさん :2019/03/21(木) 20:53:19 ID:???
「……あぁああ!もう!なんで私が、クソリザのことなんかでこんなにモヤモヤしなきゃなんないのよ!」

リザの部屋を出ていったサキは、なぜ自分があんな風に、リザを焚き付けるかのような事を言ったのかが分からず、モヤモヤしながら歩いていた。と、そこに……

「おや、サキ……奇遇ですね」

「あ……よ、ヨハン様……」

ヨハンと偶然出会った瞬間、髪の毛をクルクルと弄って乙女モード全開になるサキ。

「サキ、ちょうどよかった。君は確かナルビアへの諜報を希望していましたね?ならば、これを差し上げます」

「……これは?」

ヨハンがサキに手渡したのは、ある観光地へのチケットだった。

「ナルビアに行きがてら、ご家族と観光地にでも行ってきてはどうです?ここのところ働き詰めですから、僕からの気持ちですよ」

「え、でも……妹は今、治療を……」

「先ほどスネグアの元へ行く用事がありましてね。妹さんの治療は一区切りついたとのことです。車椅子でなら、外出も可能とのことですよ」

「本当ですか!?良かった……!」

ヨハンから嬉しい報告を聞き、笑顔になるサキ。それを見てヨハンは言葉を続ける。


「これから休む暇もなくなるでしょうからね。仕事に行きがてら、というのは申し訳ないですが、少しでも羽を伸ばして来てください」

「え、そんな……本当にいいんですか?」

「もちろん。ただその分働いてもらいますから、そこまで感謝して貰わなくても結構ですよ」

「ヨハン様……ありがとうございます!」
(やっぱり包容力のある年上で大人のイケメンが一番よね!ほんっとカッコイイわ……ヨハン様……)

滅茶苦茶キュンキュンしながら笑顔で礼を言うサキ。彼女の貰ったチケットに書いてある、観光地の名前は……月花庭園。
トーメント国とナルビアの国境近くにある、月明かりに照らされるたくさんの花が観光地になっている隠れスポットである。

467: 名無しさん :2019/03/24(日) 17:52:36 ID:???
「くさそう」
(くそっ、数が多すぎる!捕虜を戦闘員にするのは、我らがナルビアの専売特許ではなかった、ということか……!)

「くさそう」
(以前の作戦で派手に動いたのが、ここに来て響くとはな……な)

「くさそう」
(一人でもいい!国境付近に待機している仲間の元まで辿り着き、敵新兵器の情報を提供するのだ!)

「くさそう」
(ナルビアのために!散!)

ナルビアのスパイであるくさそうの人こと諜報員931号……そしていつの間にか増えていた別の諜報員たち。彼らはトーメント王国のスパイ断滅作戦により、苦戦を強いられていた。

妨害電波によって本国に連絡もできない彼らは、四方に散開して一人でも国境までたどり着く仲間が増える確率を増やす。

「はぁ、はぁ……!しぇり……!私、もう、限界……!」

「めでゅ、私も……!でも、体が、勝手に……!動いてぇ……!」

散開して単独で撤退途中のくさそうの人の前に現れたのは、2人組の女騎士。通常時ならば、蒸れた鎧の中のくさそうな匂いを想像して楽しむところだが、今はそのような余裕はない。

既に相当数の戦闘をこなしているのであろう、返り血に塗れた鎧の2人。だが、VR装置は休息なしでも全力で戦闘を続けることができる。
……もちろん、装者の疲労は度外視されるが。


「くさそう」
(ちぃ、新手か……!)


くさそうの人は素早くレーザー銃を取り出すと、鎧に包まれていない足を狙って撃った。


「ぐうあああ!!」
「ああぁあああ!!」

2人は足の腱を撃ち抜かれたことで膝をつく……寸前、VR装置により体が勝手に動き、本来ならば動かない足を使ってくさそうの人に肉薄する。

「いっ、ああぁああ!!!」
「ぐっ、ぎぃいいい!!!」

足を無理矢理動かされる痛みに喘ぎながら、メデューサの蛇剣ウロボロス、そしてシェリーの曲刀がくさそうの人に迫る。

「くさそう」
(おのれ、せめてDがいれば……!ナルビア王国に栄光あれええええええええ!!!)

470: 名無しさん :2019/03/29(金) 15:42:12 ID:???
「くさそう」

「……その報告、確かに聞き届けました。お疲れでしょうから、貴方は本国でゆっくりお休みください」

トーメントとナルビアの国境付近。そこには、息も絶え絶えで何とかトーメント王国から脱出し、かの国の新兵器の情報を待機していた仲間に伝えるくさそうの人がいた。

くさそうの人は、何とか自分が任務を果たせたことに安堵すると、長年の潜伏の疲れを癒すために、ナルビアへと帰還していった。

「……僕は、こんなところで、何をしてるんだろうな……」

待機していた、くさそうの人の仲間……リンネは、国境付近……月下庭園の花を見渡しながら、物憂げに呟く。

……あの後、メサイアとなったヒルダは、泣き崩れるリンネに事務的な挨拶だけをして去っていった。その後リンネは休暇を取って何もせずに過ごしていたが……トーメントに潜伏している仲間とのパイプ役としての、国境付近での待機任務……ヒルダが行きたがっていた月下庭園へも行ける任務の話を聞き、それに志願したのだ。

「僕一人でここに来たって……ヒルダがいなきゃ、意味がないのにな……」


どれだけ美しい花々を見ても、リンネの心を埋める虚無感はなくならない。むしろ見れば見るほど、ここに来たがっていたヒルダのことを思い出して、やりきれなくなる。

ぼんやりと庭園を眺めていたリンネは……向かい側から、家族連れが歩いてくるのに気づいた。

「……あれは……?」

471: 名無しさん :2019/03/31(日) 16:28:05 ID:Q.LPVL5M
「姉さん、ごめんね。ずっと車椅子押してもらっちゃって……いつも任務で疲れてるのはお姉ちゃんなのに。」

「もう、そんなの気にしないの。こうして家族で旅行に来てるんだから、もっと明るい話をしないと。……お母さんも、ずっとそんな暗い顔しないで。」

「……そうよね。久しぶりの家族旅行だもの。みんなで楽しまないとね。」

ヨハンにもらったチケットで、妹と母を連れ月花庭園へやってきたサキ。
観光を楽しんだ後はナルビアで舞を助けなければならないが、久しぶりの家族旅行に彼女の心も弾んでいた。

もっとも、サキ以外の2人は心から楽しむほどの心の余裕はないが、それはサキもわかっている。
明るい言葉をかけたり、話題を作ったり……サキは自分が潤滑油となって家族の溝を埋めようとしていた。

「実はね、私……月花庭園には2人を産む前に来たことがあるの。お父さんと一緒にね。」

「え、すごい……!ねぇお母さん、それってデートで来たの?」

「ふふ……デートも何も、プロポーズされたのよ。月明かりに照らされているたくさんの綺麗な花を見ながら、ロマンチックにね。」

「ふわぁ……!すごいロマンチック!いいなぁ……」

サユミの夫……ルキはユキが産まれてすぐ、病死してしまった。
そのため、サキもユキもルキの顔は全く覚えていない。
サユミの話によれば、サキのように真面目だがユキのように天然なところもあり、その性格は2人の遺伝子にしっかり受け継がれているらしい。

「ねぇねぇお姉ちゃん!月花庭園でプロポーズなんて、ロマンチックだよね!もしそんな風に告白されたら……私、どんな人でもオッケーしちゃいそうだなぁ。」

「ううぅーん……私はロマンチックなのには興味ないかな。なんか断りづらいし。……自分が好きな人にそうされるんなら、全然いいけど。」

「あ!じゃああのヨハンさんっていう人に告白されたら、すぐオッケーってことだね!」

「うぇ!?な、なんでユキがそのことを知って……!」

「……あ。」

ミシェルの実験によってある程度記憶を取り戻したユキは、ヨハンの前でデレデレしていたサキを思い出していたので、ついつい口が滑ってしまった。

「あら……サキ。好きな人がいるの?どんな人?多分年上の人じゃない?」

「……あ!さすがお母さん!お姉ちゃんが年上の人が好きなの、わかってるんだね!」

「あぁ、もうお母さんまでっ……!なんで私のコイバナになった途端2人とも元気になるのよー!」

家族の恋愛話に、それまでなんとなくギクシャクしていた会話がまとまり始める。
ユキはいつのまにかサキのことを昔のようにお姉ちゃんと呼び、サユミも娘たちの前で何年かぶりに笑顔を見せた。



(……あのアホリザも、家族とこんな風に話せる日を望んでいたのかしらね。)



妹と母に弄られながら、サキはそんなことを思った時……視界の端に、少女のような少年を見つけた。

「ねぇねぇお姉ちゃん、ヨハンさんのどこが好きなのー?優しいところ?かっこいいところ?ミステリアスなところ?」

「ふふ……サキは優しくて影があって容姿端麗な人が好きなのね。」

「ちょ、2人とももうやめてよぉっ……!あ、私ちょっとお手洗い行ってくるから、2人は先に受付行ってて!」

サキはそう言い残すと、先ほど視界に入った少年の元へと走っていった。



「あらあら……調子に乗っていたずらしすぎちゃったかしら。」

「お姉ちゃん、顔真っ赤になってたねー。私もヨハンさんはかっこいいと思ってたけど……ゔ!?」

それまで普通に喋っていたユキが、突然頭を抑えた。

「……ん?ユキ、どうしたの!?どこか痛む!?」

「ん……い、いや。大丈夫だよ。ちょっと頭が……痛くなっただけ。」

過剰に心配するサユミをなんとか落ち着かせたが、ユキにも頭痛の原因はわからなかった。

(……なんだろう。今ヨハンさんのことを深く考えた瞬間……急に頭痛が……!)

472: 名無しさん :2019/03/31(日) 18:52:49 ID:???
「ちょっと!オカマ!」

「……サキさんですか……つくづく縁がありますね」

サキは月下庭園で見かけたリンネに追いついた。だが、彼を見たサキは僅かに眉をひそめる。リンネは元々影のある男だったが、久しぶりに会った彼は以前に増して雰囲気が暗い。

「久しぶりね……えっと、なんていうか、オメガ・ネットでは助かったわ。あの時はすぐ逃げちゃったけど、一応お礼くらいは言っとこうかな、って」

「……そうですか、珍しく殊勝ですね……ナルビアの足を引っ張れたなら、僕にとっても幸いですよ」

「……ねぇ、あんたどうしたの?なんか陰キャっぷりに磨きがかかってるじゃない。それに、真っ白幼女もいないし」

一応お礼言っとく、と言った直後に相変わらずの毒舌を吐くサキ。相変わらずのサキを気にした様子もなく、リンネはサキに近づいていく。

「……サキさん、僕は……利用されるだけの人生で……その中で見つけた守りたいものも守れませんでした」


「は?何言ってんの?って、ちょ、リンネ!?」

「……やっと名前で呼んでくれましたね」

要領を得ないことを喋りながら近づいたリンネは、すっとサキに顔を近づけ、耳元で囁く。シックス・デイの女性陣を無自覚に虜にする繊細な顔立ち、そしてリンネの顔立ちの中でも唯一男性的な瞳に至近距離で見つめられ、さすがのサキも少々焦る。


「サキさん、僕は……ホントはもう、ナルビアのことなんてどうでもいいんです。けど、ナルビアの薬がないと、僕らは……だからサキさん、もしよかったら……げぼぁ!?」

「キモイっつーの!耳元で意味わかんないこと喋んないでよ!このエロオカマ!」

滅茶苦茶シリアスな空気を醸し出していたリンネだが、めんどくさくなったサキのビンタを思いっきり食らって強引に止めた。

「ちょ、違いますよ!?最近アリスが僕をコソコソと付けてるから、念の為小声で話そうと……!」

「何を話そうとしてるかしらないけど、さっきから説明もなしに色々言われたって知らないっつーの!新入社員じゃあるまいし、結論ファーストで話しなさいよ!」

傷心の美少年に対してあまりな対応のサキ。だが、ヒルダに起きたことを知らないサキに何も説明せずに色々言っても何も分からないのは、言われてみれば当たり前のことだ。

「はぁ、分かりました。じゃあ結論から言いますね」

結論……リンネの言いたいことは単純だ。もはやナルビアに利用されるだけの人生はごめんのリンネは、サキと手を組もうと考えたのだ。

931号の報告により、サキがヨハンに利用されていることは知っている。そのことを指摘してサキにトーメントを見限らせ、互いに所属国の情報をリークし合い、サキは家族と共に平和に暮らせるように、リンネはヒルダを元に戻す方法を見つける為に、情報を共有する。

互いに諜報員という立場を活かし、互いを利用し合う関係になろうというのだ。それを一口で説明するために、リンネは口を開き……




「……サキさん、好きです」

  • 最終更新:2019-05-26 22:39:23

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