25.13.投薬
205: 名無しさん :2018/08/27(月) 05:32:17 ID:SmiGgi7g
シックスデイの女性陣たちの意中の人であるリンネは、彼女たちへの挨拶を終わらせてから自室へと戻っていた。
「ヒルダ、待たせてごめん。」
「ううん、だいじょうぶだよ。リンネがおしごとたいへんなの、わたししってるもん。」
ヒルダを連れて来たあとに昨夜のサキ脱走について少し調べたが、自分が彼女を逃したという事実は誰にも勘付かれていないようだった。
そして今日、リンネがヒルダをここに読んだ理由──それは兵器化に向けた彼女への薬物投与をするためなのだが、リンネはヒルダを安心させるために嘘をつくことにした。
「ヒルダ……今日君をここに呼んだのは、他でもない君の体のことなんだ。」
「……え?もしかして……わたしのからだ、なおるの?」
「……そうだったらよかったんだけど……正直に言うと、少し悪くなってしまってる。今までの薬じゃ効果が弱かったみたいだ……」
「……えっ……」
「でも安心して。新しく作った薬をこれから毎日投与していけば、君の病気はきっと早く治せるから。」
精神的に幼いヒルダをコントロールするために、日々の薬物投与は彼女の病気を治すためとリンネは教えていた。
薬の副作用やクローン体1000号として作られた体が異常を起こすこともあり、ヒルダは自分の体が普通ではないことを知っている。
それを治すための薬物投与という嘘を発展させて、彼女にはこれから行う兵器化を受け入れてもらうしかない……
これが、リンネが考えに考え抜いた彼女のための、最善策だった。
「……おくすりのりょう……ふえるの?」
「一時的にね……でも、ヒルダの病気のこともだんだんわかって来てはいるんだ。ここを乗り切ればきっと、普通の体になれるはずだよ。」
「……じゃあ、もうすぐふつうにおさんぽしたり、おそとでいっぱいあそんだりできるようになるの?」
「……ああ、できるさ。しばらくは副作用が続くかもしれないけど……我慢できるね?ヒルダ。」
ヒルダにそう言いながら、リンネは自分の心が鞭打ちをされているかのような思いになった。
薬物投与の結果の末に待っているのは彼女が焦がれる自由などではなく、それとは真逆……
これから始まる戦争に使われるための兵器化なのだ。
そしてその結果、彼女がどうなってしまうのか……それは誰にもわからない。
「……うん。わたし、がまんする。いっぱいいたいのいやだけど……びょうきがなおるなら、もっといっぱいいっぱいがんばるっ!」
「……偉いぞ、ヒルダ。……大丈夫。こんなに強いヒルダなら、病気なんかに負けるはずないさ。今まで通り2人で……頑張っていこう。」
「うん!」
ヒルダは笑顔で大きく頷いてから、リンネの体に抱きついた。
「リンネ……わたし、びょうきがなおったらリンネといっしょにいきたいところがあるの。」
「……ん?どこだい?」
「トーメントにある、げっかていえん!おはながいっぱいで、よるになるとすっごくきれいなばしょなの。」
月花庭園。トーメント国とナルビアの国境近くにある、月明かりに照らされるたくさんの花が観光地になっている隠れスポットである。
トーメント領地とは思えない平和な場所なのであまり有名ではないが、旅行雑誌が好きなヒルダはこの場所がずっと気になっていた。
「……だからね、わたしのびょうきがなおったら……リンネ、つれていってくれる?」
「……当たり前じゃないか。病気が治ったら……どこへだって連れて行くよ。」
そんな日が来ないことはわかっているはずなのに、リンネは自分が何を言っているのかよくわからなかった。
あまり考えたくなかった。
206: 名無しさん :2018/08/27(月) 23:45:38 ID:???
「ヒルダ……僕らの余計なしがらみとか、全部消えてなくなっちゃうような、嵐が起きればいいのにね……」
「……?あらし?」
「サキさんを助けたのは、君を助けてくれた礼もあるけど……戦争という嵐を、もっと大きくして欲しかったのかもしれない」
もしも、一部の科学者しか知らない、クローン兵の命を永らえさせる薬の製造法が漏れれば……
もしも、ナルビアがシーヴァリアかルミナス辺りに吸収されて、クローン兵の扱いが変われば……
150年前の大戦以降初の、五ヶ国による全面戦争……良くも悪くも、何かが変わるきっかけになるのは間違いない。
「リンネ?どうしたの?なんかへんだよ?」
「……何でもないよ……」
(今はただ、待つしかない……なるべくヒルダの投薬を少なくしつつ……何かが変わる、嵐が起こるのを……!)
207: 名無しさん :2018/08/29(水) 04:47:04 ID:???
ヒルダに薬物投与について説明を終えたリンネは、少し心配そうな彼女を連れて実験室へと向かっていた。
「……無理もないか。いつも薬物投与の時は痛い痛いって苦しそうだし……」
歩きながらリンネは心の中でそう思った。
彼女が投与されているのは魔力増強薬に加え、身体能力を高めるための身体能力活性細胞も含まれている。
それに加えて今日から投与される薬……リンネには詳細が聞かされていないのでよくわからないが、科学者の中では「リヴァイタライズ」と呼ばれているらしい。
クローンであるヒルダの能力を最大限引き出すために開発されたもので、あのマーティンも製造に関わっているのだとか。
機密情報なので、開発に関わった者以外にリヴァイタライズの情報を知り得ることはないだろう。
ヒルダが新薬投与に耐えられるのか。それによって彼女が元気をなくしてしまわないか……
そんなことを考えながら歩いていると、見知った金髪少女2人に遭遇した。
「……あ!アリスおねえちゃん!アリスおねえちゃん!」
ヒルダは、ぱあっと笑顔になると、リンネの手を離して2人に駆け寄って行った。
「ふふ……久しぶりですね、ヒルダ。この前貸した本は読んでくれましたか?」
「うんっ。ニフタルさんのほんはすっごくながかったし、むずかしいことばばっかりだったけど、おもしろかったよ。」
「そうですか。……あの本のポイントは二度三度と読み返すことです。全て読んでからまた読み返せば、きっと新しい発見がありますよ。」
「……そうなんだ。じゃあ、またよんでみるねっ。」
アリスたちシックスデイの面々も、ヒルダがクローン兵として育てられていることについては理解している。
それでも、基本的には兵器扱いではなく、こうして仲良くしてくれているのはリンネにとってはありがたかった。
「驚いたな。空想哲学論をその歳である程度理解できるのか。やはりヒルダ、お前はこの男とは違って見込みがあるぞ。」
「こらアリス。ヒルダの前でリンネさんの悪口はやめなさい。彼女が気を悪くしますよ。」
「あ、あぁ、そうだったな……そ、そうだヒルダ。この前食べたかっていた美人巫女が作ったというミツルギの和菓子を買ってきたぞ。あとで私の部屋に来るといい。」
「わぁ、うれしい……エリスおねえちゃん、ありがとう。」
珍しく慌てた表情をしたエリスは、すぐに話題をずらしてヒルダを懐柔した。
話している様子を見てわかる。
この2人も他の軍人たちも……笑顔で話していても、心の奥底ではヒルダを人として見ていない。
いつか来る戦争の時、彼女の力が必ず必要になる。
文字通りの最終兵器彼女が壊れないようにと、最大限気を使っているのだろう。
あのマーティンでさえヒルダと話す時は、優しいお兄ちゃんになるのだから。
「……じゃあ、そろそろ行くよ、ヒルダ。」
「……ん……」
ヒルダは少し寂しそうな顔をして、僕の手をしっかりと握った。
少し震えている。いよいよ緊張してきているのだろう。その震えを直に感じてまたリンネの心は痛んだ。
「……じゃあ、2人とも。また。」
「……ええ。さようなら。」
双子に別れを告げ、リンネは実験室へと歩き出す。
その2人の後ろ姿が見えなくなってから、アリスは踵を返した。
「……リヴァイタライズが完成して、今日から投薬開始だそうです。」
「……そうか。あいつにとってもいよいよ来る時が来たということだな。」
「……ヒルダが覚醒し、それをコントロールすることができれば、トーメントどころか他の国全てをナルビアが圧倒できるかもしれません。……投薬によってストレスが溜まるであろうヒルダを無闇に刺激しないよう、言葉にはより一層注意を払ってください。」
「……了解だ。」
209: 名無しさん :2018/09/01(土) 18:04:11 ID:6yeSTpAA
実験室に入ったリンネとヒルダ。リンネはヒルダを寝台に寝かせて、痛みで暴れないように枷で固定し、ファントムレイピアの準備をした。
「ヒルダ、注射するよ……まずは血管に針を刺すから、じってしてて」
「う、うん……」
魔力増強薬に身体能力活性細胞を加えた薬の入った注射器の針が、ヒルダの首筋に刺さる。
「んぅ……!」
チクリとした痛みに僅かに呻くヒルダ。だが、本当に辛いのはこれからだ。
「薬を入れるよ……辛いだろうけど、我慢してね?」
シリンダーをゆっくりと押し込み、中の薬をヒルダの中に注入していく。
「ん、ぐうぅう……!あ、ぁああ……!」
悲痛な声をあげ、目に涙を溜めながら、流れ込んでくる薬に耐えるヒルダ。その姿に胸を痛めながらも、リンネはシリンダーを押し込む手を緩められない。
「いた、いぃ……!いたいよぉ!リン、ネぇ……いたいいたいいたいぃいぃいい!!!」
(ヒルダ……ごめん……)
余りの痛みにガタガタと体を揺らすヒルダ。体が固定されていなければ、暴れまわって注射針が抜けてしまっていただろう。
「ん、ぐぅ……!あ、はぁ……!はぁ……!おわ、り……?」
「……うん、『一個目』はね」
シリンダーの中の薬を全て入れ終えたリンネ。ゆっくりとヒルダの柔肌から、針を引き抜く。
「でも今日は、あと一つ薬がある……もう一回だけ、我慢してくれるね?」
「うん、いたいけど……げんきになるために、がまんする」
元気になる処か、余計にヒルダの体を蝕む事になる薬を打ち込まれている事など露知らず、ヒルダは健気にリンネに身を任せる。
リンネは、何とか心の中を表情に出さないように努めつつ、シリンダーをリヴァイタライズが入っているものに入れ換えた。
(この薬の詳細は、僕にも知らされていない……あまり痛いタイプじゃなければいいんだけど……)
「ヒルダ、行くよ……今日はこの薬で最後だからね」
「うん……」
再び、注射針がヒルダの首筋に向かっていく。ツプリと、針がヒルダの柔肌を穿ち、怪しげな赤黒い液体が、ヒルダの中に流れ込んでいく。
「ん、う……あれ?あんまり、いたく……あがっ!?」
想像していたような痛みが来なかったことで油断した、その瞬間……ドクン、とヒルダの心臓が脈打ち、身体が凄まじい熱を持った。
「いぎっ! がぁああああ!!」
「ヒルダ……!」
「リンネぇ……!このおくすり、なんか、へんだよぉ……!ぐ、んぐぅううう!!」
ビクンビクンと手足を激しく痙攣させ、口から泡を噴くヒルダ。明らかに、これまでの痛みに耐えていた投薬とは一線を画している。
「ぎ、ご、ごふ!が、ぁあ……!ああぁあ……!ぶ、ぶぐ……!」
「ヒルダ……!ごめん……ごめんね……!」
平静を装っていたリンネも、ヒルダの余りの痛ましさに、絞り出すような声を出してしまう。
それでも、ここで投薬を止めるわけにはいかない。リンネは歯を食いしばりながらシリンダーを押し込み、リヴァイタライズを全て注入した。
「こひゅぅっ……あ゛おぉっ……お゛、あ゛ぅっ、ぉ゛ぐう゛ぅぅ……っ」
虚ろな目をして、声にならない呻き声を上げるのみになってしまったヒルダ。その悲惨な姿に、リンネは堪えていた涙が頬を伝うのを感じた。
「……許してくれ、ヒルダ……!」
210: 名無しさん :2018/09/02(日) 00:09:03 ID:???
「ひっぐぅっ……んっ!?やああああ!!!」
リヴァイタライズが小さな体に作用し続ける。一泊ごとに苦痛が押し寄せているかのように、ヒルダは悲痛な声で叫び続ける。
「り、りんね゛ぇ……!ぐっ!ぎああああああああ!!!!」
(ひどい……こんなに苦しいなんて……!)
リヴァイタライズについてはヒルダの覚醒を促す薬と聞いていたが、ここまでの副作用という説明はなかった。
絶え間なく続く痛みに叫びつづける少女の姿に、リンネは目をそらす。
「うぅ゛あっ!やああああああ!!り、リンネえええぇぇっ!!リンネえええええ!!!」
「……くっ……!」
本当は、自分の名を呼び続ける彼女の小さな手を取って安心させる場面のはずなのに、彼女が苦しそうにこちらを見る顔を、リンネはどうしても見られなかった。
「うう゛っ……あぐっ!……りん……ね……」
やがて嵐のような悲鳴が収まり、ヒルダは苦痛による汗塗れのまま、がっくりと失神した。
「……くそっ……くそくそくそ!……なんで……どうして、ヒルダなんだ……!」
どうしようもない腹立たしさを拳で壁に打ち付け、リンネは力なく項垂れた。
ヒルダは叫んでいる間、自分の名前を呼びつづけていた。
それはきっと、酷い苦痛から助けて欲しかったに違いない。
そんな彼女の期待に応えるどころか、目も合わせられなかった自分の不甲斐なさに、リンネは絶望するしかなかった。
(……なにがスパイだ……なにが第零師団師団長だ……僕は……僕は……!)
「……ネさん!……リンネさん!」
頭を抱えていたせいで、リンネが実験室のドアをノックするアリスに気づくのには5分ほどかかった。
「……実験後のヒルダさんを確認するため、この後マーティンさんたちがここで彼女の体を調べます。……退出していただけますか?」
「……あぁ……わかった……」
ふらふらとした足取りで部屋を出るリンネ。そのまま科学者たちと入れ違いにアリスも部屋を出る。
実験室前の廊下を2人で歩くことになったのだが、意気消沈したリンネの様子にアリスは眉をひそめた。
「……リンネさん。あなt」
「ごめん。今は誰とも話したくない気分なんだ……話しかけないでもらえる?」
言葉の途中で遮るリンネの口調は投げやりで、愛想のかけらもない。
「いいえ。今あなたに話しておかなければならないことです。……会議室が空いているので、少しお時間いただけますか?」
「……あぁ、いいよ。」
少しだけ面倒臭そうな返事だったが、アリスは、ありがとうございます。と言って会議室のドアを開いた。
211: 名無しさん :2018/09/02(日) 00:10:06 ID:wYvqYcJg
「リンネさんにお話ししたいのはもちろん……ヒルダさんのことです。」
会議室で向かい合わせに座ってから、アリスは単刀直入に話を切り出した。
「……彼女は実験台1000号。あなたたちのように番号がついているとはいえ、その扱いは異なります。これまでのクローン研究で培ったナルビアの技術をすべてつぎ込んだ、いわばプロトタイプなのです。」
「……だから?」
「彼女の扱いについて、上層部は結果のみ求めています。それはもちろん兵器としてのであって、彼女の人間らしさや彼女に対する倫理観などは含まれていません。」
「……はっきり言えよ。彼女に同情するなって言いたいんだろ?なぁ?」
リンネの口調に不快感と拒絶の色が混じる。だがアリスは怯まず立ち上がった。
「そんな子供みたいな態度で……!いいですか?私もあなたもナルビアの軍人なのです。何を優先して何を切り捨てるのか、今ここでしっかり考え直していただけますか?」
「……フン……好きで軍人になったんじゃない。この国にそういう風に作られただけさ。誉れ高~い君たちのご先祖様のお仲間たちの、素晴らし~い遺伝子でね。」
「……貴方……!」
普段のリンネからは絶対に出ないような攻撃的な口調だった。
それはやはり、絶え間なく苦しむヒルダを見てのことだろう。
リンネが今、普通の精神状態ではないことはアリスも分かっている。
だが、仲間というよりも軍人として、今のリンネの態度は許せなかった。
「……この国の英雄であるシックスデイを、そのような口調で愚弄するのは許せません。……少し落ち着きなさい。」
「何が落ち着けだよ……!話はこれだけっていうんなら、僕はもう行くよ。じゃあね。」
さらりとそう言って、席を立つリンネ。そのまま早歩きで部屋を出て行こうとしたのだったが……
「……待ちなさいっ!」
このままでは返さないと、アリスはリンネの腕を掴んで引き寄せる。
いつもの彼女の冷静な口調ではなく、どこか悲痛な思いが乗せられた静止の言葉に、リンネは少し驚いて彼女の顔を見た。
「……アリス……?」
「……思い出してください……私とエリスと貴方でシックスデイに入った時のことを。ナルビアの軍人として、すべてを国に捧げることを誓ったあの日を、思い出してください!」
年の近い3人が一緒にシックスデイに昇格した日。それより前にも3人は交流があって、美人双子にリンネはよく罵られたりからかわれたりしていた。
それから軍人になって、シックスデイになってからは仕事の都合であまり会わなくなり、自分的にはすっきりしていた。
彼女たちに会えなくなって少し物足りなかったのは事実だが、今までそれについて深く考えたことはない。
「……リンネさん……辛いかもしれませんが……彼女はこの時のために生まれてきたのです。すぐには難しいかもしれないけれど……必要以上に、自分を責めないでください……!」
「……アリス……」
だが、本当に自分の精神状態を心配しているような彼女の言葉……
最後に思わず本音が漏れたような切ない表情の青い眼に、リンネは荒んでいた心が少し和らいだ気がした。
「……わかった……ありがとう……」
リンネはそれだけ言って、アリスの手を優しく自分の腕から離して立ち去った。
「……私の性格も……素直になるのは時間がかかりそうですね。」
誰もいなくなった会議室で、アリスは小さく一人ごちるのだった。
248: 名無しさん :2018/09/28(金) 16:13:11 ID:???
「試験管ベビー1000号。身体機能に異常なし。」
リンネとアリスが退出した後の実験室で、マーティンをはじめとしたナルビアの科学者たちはせわしなく動き回っていた。
その実験室の真ん中──寝台に四肢を固定され動けない状態のヒルダは、真っ白な髪を無造作に寝台の外へ投げ出して気を失っている。
投薬を受けた際の尋常ではない量の発汗によって、彼女の白いワンピースが少し透けてしまっていた。とはいえまだ10歳の幼女の体なので、どこかのロリコン以外はそこまで興奮しないだろう。
「リヴァイタライズ投薬時の反応が見たい。映像を流せ。」
「かしこまりました。映像に合わせて、現時点で分かっている限りの体組織の動きを解説いたします。」
左手の爪を噛みながら右手でぐるぐる眼鏡のふちを煩わしそうにいじりつつ、マーティンは部下の女性研究員に指示を出した。
ちょうどヒルダの上にセットされているスクリーンが見える位置にマーティンが移動すると、それにあわせて映像が流れ始める。
「ん、う……あれ?あんまり、いたく……あがっ!?」
「この瞬間、体内のクローン細胞がリヴァイタライズの侵入に過剰反応を示し、異物と判断して攻撃を開始しました。この時の1000号の反応と突然の発汗から、かなりの痛みを伴うものだったと推測されます。」
ヒルダが叫び声をあげた瞬間で一時停止され、研究者が解説を始める。
突然の痛みに驚愕の表情を浮かべる少女の顔を、マーティンはいつも通りのしかめっ面で見ていた。
「リンネぇ……!このおくすり、なんか、へんだよぉ……!ぐ、んぐぅううう!!」
「この時、体組織の抗体反応がリヴァイタライズを抑えきれずに、全体の5分の1が機能を停止しました。この作用は特に痛みを伴うことはないと予測されていましたが、1000号の反応を見る限り見直す必要がありそうです。…1000号がこの時点で意識を消失しなかったのが幸いでした。」
「フン…だからボクチンは反対したんだ。1000号は身体の発達が予想より遥かに遅れているから、ここまで育てたものを壊したくないなら、リヴァイタライズの投与は早すぎるってね…まあ予想より頑丈でよかったと言っておこう…ギリギリ…」
マーティンの予想通りになった場合、この時点でヒルダが意識を失ってしまうとクローン体組織が直ちに崩壊をしてしまうところだった。
幸いにもそうならなかったのは、いつも助けてくれる大切な存在が、傍にいたからなのだろうか…
「ぎ、ご、ごふ!が、ぁあ……!ああぁあ……!ぶ、ぶぐ……!」
「リヴァイタライズが体組織を侵食しています。この時点なら意識を失っても問題なかったのですが、1000号は激しく喘ぎながらもまだ意識を保っていたようです。」
「こひゅぅっ……あ゛おぉっ……お゛、あ゛ぅっ、ぉ゛ぐう゛ぅぅ……っ」
「…リンネ…あいつを飼育係にして正解だったのかねぇ…」
研究員たちの機械の操作音に交じって、ヒルダの切なそうな悲鳴が実験室に流れている。
ここがトーメントだったら研究そっちのけで、薬漬け幼女リョナ映像鑑賞会になっていたところだが、ナルビアの科学者たちは特に反応も示さず、各自の作業に集中していた。
「り、りんね゛ぇ……!ぐっ!ぎああああああああ!!!!」
「うぅ゛あっ!やああああああ!!り、リンネえええぇぇっ!!リンネえええええ!!!」
「…クローン組織が変態を始めるリヴァイタライズの作用が終わる段階です。この時点で気を失っている予定でしたが、1000号はまだ意識があったので…激しい苦痛を感じたようです。」
「リンネ、リンネ、か…あいつを傍に置くのは危険かもしれんな…」
マーティンは小声でそうつぶやいた。
「うう゛っ……あぐっ!……りん……ね……」
「…クローン組織の一部がリヴァイタライズ細胞に変態を遂げ、投薬実験終了です。1000号は激しい痛みにより、ここで意識を失いました。」
「…最後の最後までリンネか…あいつめ、よく飼いならしたもんだ。こんな化け物を…」
寝台で意識を失っているヒルダの顔を見つめながら、マーティンはまたも小声でつぶやいくのだった。
「マーティン様、いかがいたしましょうか?」
「とりあえず経過を見て、問題なければすぐにでも再投薬を始めろ。こいつさえ完成させれば…トーメントもルミナスもシーヴァリアもミツルギも全部、鼻クソ同然だからな。」
- 最終更新:2018-10-15 06:59:04