17.02.ドス

384: 名無しさん :2017/05/27(土) 22:37:32 ID:???
森の中で出会った少女、ミライを連れて、彼女の友人であるジンという少年を探すことになったリザだが…

「……待って。血の跡がある。それに、魔物の足跡…」
…さっそく持ち前の強運を発揮したのか、不穏な手掛かりを見つけてしまった。

「えっ…もしかしてジンくん、さっきの魔物に襲われちゃったのかな!?」
「落ち着いて、まだそうと決まったわけじゃない。慎重に足跡を辿って…」
「ジンくーーん!!どこにいるのー!?」
「ちょっ…待って!魔物が出たらどうするの!」
リザの注意を右から左へと聞き流し、血と足跡を辿って駆け出してしまうミライ。
…血の跡がジンと言う少年かどうかはわからないが、不用意に進んでいけば魔物と遭遇する危険性がある。
先程襲われて命を落としかけたばかりだというのに、大胆と言うか無頓着と言うか…

(あの子、思ってた以上にアブないタイプね…!)

・・・

そして一方。リザ達が探している少年、ジンは……

「…マジありがとうございましたっス!!アンタが助けてくれなかったら俺、
あのすごい針とすごい角のバケモノに殺されてたっス!」
「がーっはっはっは!良いって事よ!…あ、俺様の事は『仮面の紅騎士・クリムゾンマスク様』と呼びな!!」

……なんだか怪しいお面の男に助けられていた。

385: 名無しさん :2017/05/27(土) 23:25:09 ID:???
「それにしても、ものすっげー弓の腕ですね!あんな遠くから、怪物の目を正確に撃ち抜くとか!」
「ははは!もっと俺を褒め讃えていいぞ!…中途半端に傷つけたから、今頃怒り狂ってるかも知れないが…
騎士たるもの、無益な殺生は避けるべきだな!それに…俺様くらいになれば逃げ足も超一流だ!はっはっはっは!!」

…ジンが魔物に襲われていた時、この怪しいお面の男がたまたま通りがかり、
丁度持っていた弓で魔物の眼を射抜いたのであった。
もちろん俺様は弓の腕も一級品だからな!がっはっは!…とは本人の弁である。

そして、ジン(と、お面の中の人)を探しているリザ達は……

「……どうしよう。あの魔物、なんかすっごく怒ってるよ……!」
「だから言ったのに。……下がってて、ミライ」

……見事にとばっちりを受けていた。


リザの前には、巨大な魔物…妖精たちが言っていた「ドス」に間違いないだろう…が
最初に妖精達やミライから「すごい針にすごい角の付いた魔物」と聞いた時には、
ハリネズミと牛を合わせた魔獣のような姿を想像していたのだが……

サソリの尻尾…それに、カブトムシの角。岩をも砕きそうなキバに、全身を覆う鎧の様な甲羅…正に全身凶器の怪物であった。
頭部についた無数の複眼のうちの一つに矢が刺さり、紫色の体液が流れている。
長い鉤爪のついた腕で器用にその矢を引き抜くと、傷口がゴボゴボと不気味な音を立てて、ゆっくりと塞がっていった。
その不気味な光景は、リザに以前の苦い戦いの思い出をいやが上にも思い起こさせる。

<そなたの技では、人は殺せても……魔を滅ぼす事は、決してできぬ…>

リザの手に握られた愛用のナイフは、これまでの戦いで幾人もの血を吸って来た。
どんな厳重な警備も潜り抜け、どんな素早い相手も捉え、どんな善良で無垢な者も容赦せず……
だが相手が『人間』と『魔物』の時では、戦い方も殺し方もまるで違う。
『魔物狩り』においては、時として『暗殺者』の常識が全くと言っていいほど通じない事もあるのだ。

(相手が誰だろうと…負けない。私は今よりもっと、強くなって見せる…アウィナイトのみんなを、守るために…)

386: 名無しさん :2017/05/28(日) 00:16:16 ID:???
「しかしほんと強いッスね仮面の紅騎士・クリムゾンマスク様!一撃であの魔物を追っ払うとは!ひょっとして高名な、シーヴァリアの聖騎士様だったり……?」
「ふ……俺様は森の隠者『仮面の紅騎士・クリムゾンマスク様』……シーヴァリアの聖騎士ではないが、騎士たるもの、俺様の力を求めにこの森に来るような者がいたら、聖騎士となって力を貸してやることもやぶさかではない……」
「おお、カッコイイ……!あの、俺、貧乏で、ろくにお礼もできないんッスけど……」
「ふ、なら……森の隠者の噂をそれとなく広めてくれ……俺様の力を求める者がいたら、俺様を訪ねてくるように……」
「そ、そんなのお安い御用ッスよ!」
「ククク……森の隠者にして異常な強さを持つ仮面の男……味方からは頼りにされ、敵からは恐れられること間違いなし……スカウトされて短期間でメキメキと頭角を現し、そうして国の中枢に紛れ込み、重要な情報を次々と……」
「仮面の紅騎士・クリムゾンマスク様?なにか言いましたッスか?」
「いや、なんでもない……」
(意味深なことを言ってミステリアスに濁すのもまたカッコイイ……流石は俺様だ)



「グルルルルルゥウアアアアアア!!」
凄まじい雄叫びをあげながら、リザに向かってくるドス。

(尻尾とキバにさえ気をつければ……!)
リザはその突進を高く跳躍することで躱し、身体の構造上尻尾が届かないであろう位置へ落下しながら攻撃を放つ。

「連斬断空刃!」
ガキィン!ガキィン!

「く……!なんて硬い……!」
リザの斬撃は硬い甲羅に阻まれてろくにダメージを与えられていない。

「リザちゃん危ない!その魔物の針は……!」
「え?……!?」

リザはドスの身体の構造上、絶対に尻尾が届かない位置にいた。だが、尻尾が届かなくても、尻尾の先を相手に向けることはできる。
そしてドスは、リザの方へ向けた尻尾の先の針を飛び道具として飛ばしてきた!

「っ!」
「わわ!?り、リザちゃん!?」
リザは咄嗟にテレポートしてミライの真横へ退避。事なきをえた。

(やっぱり、相手が魔物だとやりずらい……!)
人体のような共通の弱点という物が魔物にはない。そして、生物学上有り得ないような行動も平気で取ってくる。
闇に潜み、静かに、一瞬で相手を暗殺するリザにとってはやりずらい相手だ。

(ドスにどれだけの知能があるかは分からないけど、奥の手のテレポートをいきなり見せてしまったのはまずい……!)

387: 名無しさん :2017/05/28(日) 11:05:14 ID:dauGKRa6
「リザちゃんすごい!ひゅんってワープできるんだね!」
「そ、それより……あいつについて何か情報はないの?弱点とか……」
目の前のモンスターは鎧のような甲羅を纏っており、弱点らしい弱点はなさそうに見える。
目に矢が刺さっていたが、それもすぐに自分で抜いて回復していた。いつから矢が刺さっていたのかはわからないが……

「ご、ごめん……あの魔物の弱点はわからないの。最近この森に迷い込んだみたいなんだけど、強い上に頭が良くて……シーヴァリアの聖騎士も何人か食べられたって……」
「……なるほど……」
どうやら、まともに戦えば無傷では済まない相手のようだ。
ミライの実力の程はわからないが、まだ聖騎士になっていないことを考えるとそこまで期待はできそうにない。
リザの頭の中に逃走の2文字が浮かんだとき、ドスドスと大きな音が聞こえて来た。

「グオオオオオオオオォォッ!!!」
「わわっ!!こっち来たぁっ!」
ドスは見失った獲物を再度確認し、大きなツノを乱暴に振り回しながら接近した。
「はっ!」
ドスを止めるべく、リザはすぐさまナイフの柄に仕込まれた弾丸を複眼の1つに打ち込む!
「グギオオオオオッ!?」
弾丸は見事命中し、ドスは走るのをやめて苦しみだした。どうやらむき出しの複眼は全て弱点らしい。
(目には効く……!それなら一か八か!)
一瞬でドスに接近したリザは、魔力を流し込んだナイフを他の複眼に刺し込んだ!

「グギアアアアアアアアアアアァァァァッッ!!!!」
2つの眼から紫色の体液をドロドロと流しながら、ドスはひっくり返って苦しんでいる。
「リ……リザちゃんすごいっ!あのドスをここまで弱らせるなんてっ!」
「……でも、きっとすぐ回復するわ。今のうちに逃げるから、こっちに来て!」
テレポートですぐさま遠距離に飛べば、振り切ることができるはず。そう考えたリザは近づいて来たミライの手をぎゅっと握った。

(よし、これで……!)
できる限り遠くに逃げるため、テレポートに必要な魔力を錬り上げるリザ。
そのせいで、後方のドスの口から発射された大量の糸に気づくことはなかった。

388: 名無しさん :2017/05/28(日) 11:56:43 ID:???
「リザちゃん、危ないっ!!」
「っ……!?」
ドスが口から何かを吐き出そうとしているのを見たミライは、咄嗟にリザを突き飛ばした。
一瞬の後、リザが立っていた位置に、白く粘つく大量の糸が降り注ぐ。

「ミライっ!?…なんて、無茶な事を」
「よかった、リザちゃん…あなただけでも」
…リザの代わりに直撃を浴びたミライは、粘つく糸に全身を絡め取られ、身動きが取れなくなってしまっていた。
ナイフで糸を切るだけの猶予をドスが与えてくれるはずもない。
ミライの機転でリザは糸の拘束を免れたが…このままミライを見捨てて逃げる事など出来るはずがない。
事実上、逃走を封じられたに等しかった。

………

「あいつは突然変異した巨大甲虫ジェノサイド・スティンガー。この辺りじゃ『ドス』と呼ばれる凶暴な魔物だ…
もちろん、俺様がその気になればあんな魔物どうって事ないが…とにかくボウズは運が良かったな。はっはっは!!」
「マジ、今生きてるのが不思議なくらいです……それにアイツを探すのまで手伝ってくれるなんて!
ありがとうございます!仮面の紅騎士・クリムゾンマスク様!」

先ほどのリザと全く同じ流れで、ジンに頼まれて友人のミライを探す事になった紅い仮面の騎士。
その正体は一体アイベルトなのだろうか。
騎士を目指す少年ジンからの『憧れの視線』に気をよくして、
道中ついつい饒舌に語ってしまうアイベr…クリムゾンマスクであった。

「何と言っても『ドス』の特徴は、全身を覆う黒い甲羅だな。シーヴァリアじゃ、騎士の鎧の材料に使われるほどだ!
しかも少々の傷なら再生してしまう。…並のナイフや剣じゃ、全く刃が立たないだろうな!」
「マジすか!?じゃあ、武器がナイフとかしかなかったら…その時点で100パー詰みじゃないですか!」

389: 名無しさん :2017/05/28(日) 12:37:30 ID:???
「グルルルッ……!!」
巨大甲虫『ドス』は、鉤爪の付いた4本の腕を振り回しながら、
サソリのような尻尾から、騎兵槍なみのサイズと鋭さの針を次々と打ち込んでくる。
リザは文字通り手数でドスに圧倒され、防戦一方になってしまっていた。

普段の任務では対人間…特に暗殺を専門としているリザ。
だが本来の実力からすれば、魔物相手だとしても並大抵の事では遅れを取る事はない。

敵の強さが『並大抵』のレベルを大きく逸脱している事。武器の相性の悪さ。
背後にいる少女ミライが狙われない様、常に気を配らなければならない状況。
そして…以前の戦いで心の奥に刷り込まれた、魔物に対する苦手意識。
ついでに、とある事件によって、黒い昆虫型の敵に対しても強い嫌悪感を持っていた。

それら複数の要因が積み重なったせいでリザは無意識のうちに畏縮し、動きに精彩を欠いてしまっていた。

「このままじゃマズい…何とかして、懐に飛び込まないと……!」

………

「逆にハンマーやメイスみたいな打撃型の武器が有効だ!もちろん俺様は打撃武器も得意中の得意だから、全く問題ないがな!」
「うおおお!!紅の仮面騎士様すげーー!!」
「…と言っても、だ。仮に強力な武器を持っていたとしても、うかつに奴に接近戦を挑むのはオススメできん。
奴の体液は人間には猛毒だから、あの紫色の返り血を浴びたら非常に危険だ!」
「そ、そんなにヤバいんですか!?…歴戦の騎士レッドマスクさんがそこまで言うなんて!」
「仮面の紅騎士・クリムゾンマスク様、な」

………

「…う……、ああぁぁあああああっ!!」
嵐のような攻撃を紙一重で掻い潜り、装甲の隙間を狙ってナイフを突き入れたリザ。
だがその瞬間噴き出した紫色の体液を…テレポートで回避する暇もなく、全身に浴びてしまう!
「リ、リザちゃんっ…!!…どうしよう、このままじゃ……なんとか、抜け出さなきゃ」
窮地に陥ったリザを助けようと、粘つく糸と必死に格闘するミライ。
だが、粘つく糸はもがけばもがくほど胸やら脚やらその付け根やら意外とむっちりな二の腕やらに容赦なく喰い込んでいく。
一見ドスは無造作に糸を吐いただけに見えたが、その糸の畳まれ方や角度は周到に計算されており、
まるで亀の甲羅のようにミライの身体を縦横に縛り上げてしまっていた。

まさに野生の本能のなせる業と言えよう!

390: 名無しさん :2017/05/28(日) 13:12:59 ID:???
(こ……これは……毒!?)
ドスの体液から出された紫色の体液を浴びた瞬間、リザの体の感覚が麻痺を始めた。
(んっ……!痺れが……だんだん強くっ……!)
「リザちゃんっ!私の糸を解いて!私の魔法なら解毒できるはずっ!」
「り……了解っ!」
ミライの拘束糸を解くため、彼女を縛り付けている糸にテレポートで接近するリザ。
「ミライッ!今助ける!」
「あぁっ!リザちゃん危ないっ!」
「えっ…?」
仲間を奪われた人間の思考回路を、この狡猾な魔物は読んでいた。
鞭のようにしならせた尻尾の薙ぎ払いが、リザの下腹に食い込む!
「ぐううううううああぁぁーーーッ!!」
「リザちゃああぁんっ!!」
ドスの尻尾はリザの小さな体にぶつかったくらいでは勢いを失わず、そのままリザの体を吹き飛ばした。

「あああぁんっ!!」
吹き飛ばされたリザは立木に背を強かに打ち付けて喘いだ後、受け身を取る余裕もなくすぐ下の池に落ちていった。
「リザちゃん大丈夫ー!?」
水の中で、あまり緊張感のないミライの声が響く。
(くそっ……私としたことが、解毒することを優先して冷静さを欠くなんて……!)
その焦りをあの知性のかけらもなさそうなドスに読まれた結果、大ダメージを受け水中に沈んでいるのだ。
(……まずい……骨が折れて泳げない……テレポート……しないと……)
薄れゆく意識の中、リザは気力で力を練り上げ水中から脱出した。

「ごぼッ!!!がはっ……!うええっ……」
「リザちゃん!大丈夫ー?」
水面近くの地面にワープした瞬間、リザの口から大量の水と、小さな小魚が2匹吐き出された。
「う……ううっ……!」
教授から1つだけ受け取っていた体内超回復促進薬を、口に放り込む。
教授いわく骨や体内組織を急速に回復させるものだが、副作用としてしばらく後に意識が朦朧とするため休息が必要になるとのこと。
おそらくだが、ドスの毒にもある程度の効果が期待できるだろう。
(意識が混濁する前に……早くミライを助けなきゃ……!)
ゆらりと立ち上がりながら、リザはナイフをドスへと向けた。

391: 名無しさん :2017/05/28(日) 13:45:21 ID:???
クリムゾンマスクの説明は続いた。それこそ実際に浴びた事でもあるのかって程に。
何でも、昔の職場の同僚の妹が、この体液を硫酸で希釈した猛毒液を母親に浴びせかけられた事件があったとかで…

「もちろん都合よく服も溶かすぞ!しかも特殊繊維の服なんか来てたりすると、化学反応が起きて逆に危険らしい!
なんでも溶かされる時に電流が走ったような痛みが走るとか…ま、さっきの俺様のように飛び道具で攻撃すれば心配無用だがな!」

「しかも金属も腐食するから、そういった意味でも剣やナイフとの相性は最悪だ!
まあ俺様の得意とする、炎や氷の攻撃魔法なら手っ取り早く殲滅可能だがな!」

「古傷のある場所なんかに浴びると、傷を受けた時より千倍痛いって噂だ!
ま、俺様はいつどんな戦いにも余裕で勝利するから、古傷なんて作りようがないがな!」

「うっかり目に入ってしまったら、速攻で洗って治療を受けないと失明の危険がある!ちなみに俺様の視力は99.9だ!」

「……う、あ……はうっ…!!…く、うう……」
(……あっ…熱い…身体が……寒い…目が、霞む……)

猛毒の体液を全身に浴びたリザは、体内超回復促進薬でも相殺しきれない程の
筆舌に尽くしがたい苦痛に、立っているのがやっとの状態だった。

特殊繊維製の服はボロボロに溶け落ち、全身至る所にある古傷・生傷は毒で腫れあがって赤紫色に変色している。
…それらが無数の蟲か何かの様に蠢き、柔肌の上を這い回っているように見えるのは、目の錯覚だろうか。

「リザちゃんっ…お願い、もういいから逃げてええ!」
ミライの悲痛な叫び声が、果たして聞こえているかどうか。

「それは…できないわ……」
リザはボロボロになりながらも立ち上がり、再びナイフを構えなおした。
胸の奥で、かつて誰かに言われた言葉が蘇る。
<…あの程度の雑魚に苦戦するようなら、もう十輝星はやめた方が良い…>

「あの程度の敵が、倒せなくて……今目の前にいる、あなた一人も守れないなんて…
そんなんじゃ、私の本当に大切な人たちを…守り切れるはずがない……!」

………

「ま、俺様が言うのもなんだが…弱い事は恥ではない。逃げる事も立派な戦術だ。
俺様も毎回助けてやれるとは限らんし、今度一人の時に魔物に会ったら大人しく逃げる事だな、少年」
「一人の時なら、もちろんそうしますよ。でも俺は…守ってやりたい奴がいるんです。だから…聖騎士になりたい」

393: 名無しさん :2017/05/28(日) 15:00:24 ID:???
「ぐ……はぁ、はぁ……!来なさい……!化け物!」
「グルルルル!!」

硬い甲羅に阻まれてナイフの刃は通らず、甲羅の隙間に攻撃しても逆に毒性の体液を浴び、少々の傷はすぐに回復する。ナイフしか武器のないリザには勝機はないかと見えたが、彼女の瞳に諦めの色はない。


(『戦塵一射』……!この技はあまり使いたくなかったけど……!もうやるしかない!)

戦塵一射。相手にナイフを突き刺した後、ナイフの柄に仕込んである火薬を爆発させて、人力では出せないような勢いで相手の身体にナイフを抉りこませる技である。この技なら短いリーチを補って、魔物の身体の奥深くへとナイフを突き入れることが可能だ。
欠点は相手の身体の奥深くへとナイフが沈むため、一度使うとナイフを紛失すること。そして手の中で仕込み火薬が爆発するため、手が傷だらけになることだ。


「グガァアアアア!!」
「り、リザちゃあああん!」
(まだ……)

ドスが満身創痍のリザへと突進し、絶望したミライが声をあげる。だがドスはまだ遠い。

「グルルァアアアア!!」
「逃げて……!さっきのヒュン!ってやつで、私に構わず……!」
(まだだ……)
ドスは大分リザに近づいてきた。だが、リザの望む距離には不十分だ。

「グロロロロローー!!」
「いやああああ!!!」
「……今!」

ドスが今まさにリザの華奢な身体に角を突き刺そうとし、ミライはこの後広がるであろう光景を想像して悲痛な声をあげて目を瞑る。
そしてその瞬間は、リザの望む距離までドスが近づいてきた瞬間でもあった。

ボロボロの相手を一気に仕留めようとする時は、どうしても攻撃に力が入って大振りになってしまう。それは人間も魔物も変わらない。
ドスの角を身を屈めてやり過ごす。躱しきれなかったのか、背中に焼けるような激痛が走るが、この際どうでもいい。
ドスの懐に潜り込み、最後の攻撃のチャンスを手に入れた。今はそれだけが大事だ。

「戦塵一射!」

ドスにナイフを突き立ててから仕込み火薬を爆発させて身体の奥深くへと沈めれば、またあの体液を喰らうだろうが、ドスを倒せさえすれば回復もできる。
リザの最後の希望を乗せたナイフは、甲羅の間の柔らかい部分に的確に命中し――――



「……え?」



金属すら腐食させる体液によって、最早刃こぼれを通り越して虫食い状態になっていたナイフは、まったり突き刺さらなかった。
一度ナイフを突き刺さなければ、いくら火薬を爆発させてナイフを射出しても、身体の内側を抉ることは不可能だ。


朦朧としていた意識。自らの武器への信頼。毒で動けなくなる前に勝負を決めなければいけなかった焦り。
それらが合わさって、リザは武器の状態を確認せずに最後の勝負に出てしまった。

394: 名無しさん :2017/05/28(日) 15:19:05 ID:???
リザが背水の陣で攻撃を仕掛けている頃、クリムゾンマスクとジンは森を見渡せる高台に来ていた。
「守ってやりたい奴?ほぉ……それは女か?」
「あ、ま、まぁ一応女なんスけど……幼馴染だからあんまりそういう、「女」って感じじゃないっていうか……友達の延長線上というか……」
「少年よ……男と女の友情の延長線上にあるのは、愛し合う未来だけだ。経験豊富な俺様にはわかるぞ。」
(愛し合う……未来……)
偶然の言葉の一致に、ジンはいつも見ている屈託のない笑顔を思い浮かべた。

「ククク……少年。お前はその子に抑えきれないほどの恋をしているな?」
「う……仮面の紅騎士・クリムゾンマスク様……なんでわかるんスか……!」
「言っただろう?俺様は女との経験も10や20どころではない。普通の人間と同じ物差しで俺様を計らないほうがいいぞ……!はははははっ!」
アイベルトは彼女いない歴=年齢の童貞であった。

「でも……向こうは俺のこと幼馴染としか見てなくて……いつも一緒なのに男として見られてないんスよ。この前なんか、ジンくんにぴったりの可愛くて性格良くて料理が得意な女の子がいるから紹介させて!とか言われて……」
「ふむふむ……それはそれとして、可愛くて料理が得意で性格のいい子なんてこの世の中に存在するのか……?いや3次元には存在しないだろそんなやつ……」
「仮面の紅騎士・クリムゾンマスク様?どうしたんスか?」
「え、あ、いや。なんでもない。えっと、ギャルゲの話だったかな?」
「違うっすよ……てか、仮面の紅騎士・クリムゾンマスク様ってクソ長いんで、略してもいいすか?」
「むうぅ……まあ長いというなら仕方ない。好きに呼びたまえ。」
「じゃあ、仮面のマスク様で!」
「うん、それは言葉として重複してるからやめたまえ。」
そんな会話をしながらアイベルトが辺りを見回すと、池の近くで戦う金髪の少女を見つけた。

395: 名無しさん :2017/05/28(日) 18:26:03 ID:???
「そんな……これじゃ、刃が刺さらない…!」
愛用のナイフがボロボロに腐食していく様を目の当たりにし、リザは愕然とした。

強大な牙と鉤爪。分厚い装甲。口から吐き出す糸に、猛毒の体液と再生能力。
数々の異能を持つ恐るべき怪物ドスによって絶体絶命の窮地に立たされながら、
必死の想いで見出した僅かな勝機。それが音もなく崩れ去っていくように感じ、リザは全身の力が抜けそうになるが…

「いやあああぁっ!!リザちゃーーーん!!」
「そうだ……今、私は倒れるわけにはいかない………私は、諦めない…!!」

背後で叫んでいるミライの存在を、そしてリザ自身の肩に委ねられたアウィナイト一族の運命を思い出し、再び闘志を漲らせた。
…勝機はまだ、完全に失われたわけではない。
リザは「もう一つの能力」を使って、柄だけになったナイフに、魔力の刀身を作り出す。
ノワールとの戦いで使った時には、魔力不足で花びら程のサイズの刃を作り出すのがやっとだったが…

(テレポートに使う分の魔力も…生命力も、ギリギリまで注ぎ込む。私は……みんなを、守ってみせる!)

「……戦塵一射・魔刃!」

持てる全ての力を込めた魔力の刃が、仕込みナイフの火力でドスの体内に深々と突き刺さった。
リザの思惑通り、ドスに致命傷を与えるには十分な威力を秘めていたが……その代償は小さくはない。
先程以上に大量の返り血が、リザの全身に降り注ぐ。
ドスの懐に飛び込む際、巨大な角の一撃が掠った時に出来た、背中の傷口にも。

「!!ぐ、あっ……が…はっ……!!」
「グ、ロロロロ……!!」
よろよろと後退し、がくりと膝をつくリザ。…だが、急所に致命的な一撃を受けてもなお、
ドスはまだ活動を停止していなかった。
ドスの巨大な尻尾がリザに迫る。先端の針は…というより、大型の騎兵槍並みの太さがあるが…
先端の針は、リザをあれほど苦しめた体液さえも比べ物にならない程の、強力な猛毒を持っている。
…針から赤黒い雫がぽたりと地面に滴り落ちるだけで、周辺の草があっという間に枯れていった。
一刺しされたら最後、間違いなく命はないだろう。

「……来る、なっ……あっ…ぐ、ぅ……!!」
今のリザにはテレポートで避けるどころか、立ち上がる気力・体力さえ残されてはいない。
緩慢に、そして確実に迫る死の毒針を、リザは素手で…
猛毒液で手袋ごと溶かされた左手と、最後の戦塵一射で酷い火傷を負った右手とで、受け止めるしかなかった。

致命的な一撃を受けた強大な魔甲虫ドス。すべての力を使い切り、満身創痍で猛毒に苦しむリザ。
果たして先に力尽きるのはどちらなのか…

396: 名無しさん :2017/05/28(日) 21:30:34 ID:???
「グロロロ……ゴガッ……!」
リザの魔力を帯びた戦塵一射は、ドスの体の臓器を次々と貫いて致命傷を負わせていた。
「ぐううううっ……!!」
「あ、あぁっ……!手が……!」
尻尾の毒針を手で受け止めた結果、リザの手は真っ黒に腐蝕されボロボロと粉のようになってこぼれ落ちた。
「ミ……ミライ……これは……治せる……?」
「わ、私の魔法で治してからすぐに癒しの泉に行けばなんとか治せるかもしれないけど……!でも……!」
リザはもう動けないがドスはまだ気力があるようで、歯をカチカチと鳴らしながらリザの方へと口を近づけていく。
「あぁっ……だめっ……お願い……!やめて……!」
ミライは涙を流しながら目を伏せ、リザから目をそらした。
今から始まろうとしているのは、捕食。魔物に傷を負わされた自分を助けてくれ、今また捕まってしまった自分をもう一度助けようと奮闘してくれた15歳の少女の最後。
その気になれば逃げられたはずなのに、木に叩きつけられ毒を浴びながらも自分のために戦ってくれたリザという少女。
そんな優しい彼女が魔物に捕食されるという残酷な現実を受け入れることは、ミライにはできなかった。
(神様……!お願い……!私はどうなってもいいから……リザちゃんを助けて……!)

「グオオオオオオオオ……!」
「ば……化け物……苦しいでしょ……?私の勝ちよ……」
ドスは苦しそうな声を上げているが、動きはしっかりしている。
対するリザは腕もなくした満身創痍の状態で、もう立ち上がることもできない状態。
リザのセリフは、ミライには強がりにしか聞こえなかった。
「リザちゃん……私のせいで……ごめんなさい……こんな……!」
「ミライ……私ならだいじょうぶだから……」
「えっ……?」
ミライがドスを見た瞬間、ドスの体内から爆発が起こった。

「グオオオオオオオオッ!!!!」
「もう……遅いよ。」
リザが流し込んだ魔力には、爆破の術式を仕込まれていたのだ。起動に少し時間がかかったが、ドスの息の根を止めるには十分な威力だった。
「リ……リザちゃん……!」
「言ったでしょ……?私の勝ちだって……」
「グオオオオオオオオォォ……」
体内の爆発によって死に至ったドスは、その場でゆっくりと力尽きた。

397: 名無しさん :2017/05/28(日) 22:00:35 ID:???
ドスが倒れると同時に締め付けていた糸が引っ張られ、ミライは拘束から解放された。
「リザちゃんっ!絶対死んじゃだめ!今治してあげるからねっ!」
「ぐあっ……うううううっ……!」
腕をなくした状態で猛毒に苦しむリザに、ミライは杖を高らかに掲げて詠唱を始めた。

「来たれ癒しの奔流よ!女神ネルトリウスの名の下に、大いなる慈悲と清廉なる心を、かの者に与え給え……!」

ミライが詠唱を唱え、ロッドから溢れた光がリザの体に集まり始める。
「い、今の詠唱は……!」
「安心して……私はセイクリッド家の中でも一番のヒーラー適正だから。」
ソウルオブ・レイズデッド。癒しの魔法の中でも最上位に位置し、唱えられるものは世界で数人しかいないという究極魔法の1つである。
あっという間に体の感覚が元に戻っていき、リザの古傷さえも綺麗に治ってしまっていた。
「これで傷と腕は治せる……念のため癒しの泉に行くから、今度は私がリザちゃんをおんぶするね。」
「う……ごめん……」
「あ、謝らなくていいよ~!リザちゃんは私を2回も助けてくれた恩人なんだよ。むしろ謝るのは……ミライの方だよ。」
服が溶けてほぼ裸になったリザを、ミライは少し無理をして背負った。

  • 最終更新:2018-01-21 23:33:48

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