17.01.ミライ

376: 名無しさん :2017/05/21(日) 21:38:44 ID:???
トーメント王国から邪術師の森を抜けた先にある、研究開発都市アルガス。
その先に広がるラケシスの森には、妖精と呼ばれる種族が住んでいる。
戦いを好まず、人間の子供ほどの知能しかない妖精たちは、人間にも魔物にも襲われることなく平和に暮らしている。
そんな妖精の紹介をしている掲示板の前に、黒いコートを纏う金髪の少女──トーメント王国王下十輝星、スピカのリザがいた。

(この先が……聖騎士の国、シーヴァリアね。)
シーヴァリアの兵士たち……男兵士は漆黒の黒い鎧に身を包み、女兵士は純白の白い鎧に身を包んでいる。
完璧な統率の取れた軍事力は隣国の中でも随一を誇り、トーメント王国ですらも積極的な軍事行動は躊躇われるほどの兵力を要する巨大国家。
トーメント王国とは交流を絶っているが、隣国のナルビアやルミナスとはある程度の貿易をしているらしい。

「あうぃないとだー」
「めずらしいねー」
「おめめ、とってもきれいー!」
森の妖精についての記述を読んでいると、リザの周りに小さな妖精たちが4人ほど集まってきた。
(わ、これが妖精……かわいい……!)
男の子と女の子で2人ずつの妖精たちは、リザの周りをくるくると回って青い瞳をまじまじと覗き込む。
「こ、こんにちは……私、シーヴァリアに行きたいのだけれど、ここから入っていけばいいの?」
「そうだよー」
「ぼくたちがあんないするよー!」
「それいいねー!」
「おねえちゃん、ついてきてー!」
小さな服をひらひらとはためかせながら、妖精たちは森の中へと入っていった。

377: 名無しさん :2017/05/21(日) 21:44:03 ID:???
「こっちこっちー!」
「こっちならまものはいないよー」
「せいきしじゃないからよわっちいおねえちゃんでも、あんぜんにとおれるよー!」
妖精たちはリザの少し先をひらひらと飛びつつ、一定の距離を保ちながら森の中を進んでいく。
ふと周りを見渡すと、背の高い木々の間から差し込む木漏れ日がリザの体を優しく照らしていた。
(綺麗な森だけど、足元も悪いし迷いやすいな……この子たちがいてくれて助かったかも。)
リザが前に視線を戻すと、妖精たちの様子が先ほどとは違っていた。

「た、たいへんだあー!」
「おんなのこがー」
「ど、どうしよう~」
「し、しんじゃうよー!」
少し開けた場所で、妖精たちが口々に困った様子で何かを喋っている。
(なんか騒いでるけど……テンションはいつも通りだからよくわからないな……)
事の真相を確かめるため、リザは素早く跳躍して妖精の元にたどり着いた。
「お、おねえちゃんすごーい!」
「とべるんだー!」
「かっこよかったー!」
「もういっかいやってー!」
「ち、ちょっと……通して……!」
興味がすぐにリザに逸れたらしく、妖精たちはリザの周りをふわふわと飛び回る。
それをかわしながら妖精たちがいた場所を確かめると、そこには血まみれの女性が倒れていた。

「く……ぁ……!」
倒れている女性は、15歳のリザと同年代くらいの黒髪ショートの女性だった。
リザは特に表情を変えることもなく、素早く状態を確かめる。
(まだ息はあるけど……傷が深くて出血が酷い。このままだと……死んでしまう。)
「き、きっとドスのせいだー」
「ドスにはすごいはりと、すごいつのがついていて、にんげんなんかイチコロなんだー」
「このみちにでるなんてー」
「こわいねー」
すごい針とすごい角が付いている……リザはそんな魔物は見たことがなかったが、おそらくこの森にはそういった魔物が生息しているのだろう。
それよりも、目の前で命の灯火が消えかけている少女を助けることをリザは優先することにした。

「どこかに……傷を治療できる場所はある?」
「あるよー!このもりにあるいやしのいずみなら、どんなけがもなおっちゃうんだー」
「ちょっととおいけどねー」
「ねー、とおいんだよねー!ちょっとめんどくさいねー」
「めんどくさいしちょっととおいけど、いくー?」
「……悪いけど、このままじゃこの子が死んじゃうから、案内をお願い。」
気まぐれな妖精たちは乗り気ではなさそうだったが、事は一刻を争う。
リザは少女の傷口に応急処置を施し、ぎゅっと包帯を巻きつけてから少女の体を背負った。

379: 名無しさん :2017/05/21(日) 22:37:13 ID:???
妖精たちに導かれること30分。一本橋にでこぼこ砂利道を通り、蜘蛛の巣をくぐった先の下り坂を降りると、そこには洞窟の入口がぽっかりと穴を開けていた。
「このなかがいやしのいずみだよー」
「おねえちゃん、ちからもちなんだねー!いっかいもきゅうけいしなかったねー」
「すごいすごーい!」
「もしかしてせいきしなのー?」
口々に声を上げる妖精を無視して、リザは洞窟の中に入り込む。
洞窟とはいうものの天井の隙間から日光が差し込んでおり、内部は柔らかい光に包まれていた。
洞窟の奥には、地底湖のように緑色に輝く透明な湖が広がっている。
「あれがいやしのいずみだよー」
後ろから響いた妖精の声を聞いて、リザは瞬時にテレポートした。

「う……うぅ……!」
「……今助けるから、頑張って。」
苦しそうに呻く少女に声をかけつつ、背中からゆっくりと体を下ろし、そのまま癒しの泉に小さな体を浸からせた。
(……これで治るといいけど……)
美しい緑色の泉に仰向けで浮かぶ少女は、点状の隙間から差し込む太陽の光を浴びて幻想的にきらきらと輝いている。
(……きれい……)
その様子にリザが目を奪われていると、少女の目がゆっくりと開いた。

「あ……あれ……?わたし……怪我をして……ここは……?」
意識を取り戻した少女は、傷口であった腹部を不思議そうにさすった。
「……怪我なら治ってるよ。妖精たちが私とあなたをここまで連れてきてくれた。」
「じゃあ……あなたが私をここまで運んでくれたんですか……?」
「……一応。」
「あぁ……本当に……ありがとう。私はシーヴァリアの騎士……を目指している、ミライ・セイクリッドです。」
ミライは泉からゆっくりと立ち上がると、リザに向かってぺこりと頭を下げた。
シーヴァリアには礼儀を重んじる人間が多いと聞くが、目の前のミライという少女にはまだ年相応のあどけなさが残っているように見える。
国を支える責任の強い職務である聖騎士に、まだなっていないからなのだろうか。

「……私はリザ。」
「リザさん……リザさんは、どうしてここに?」
「えっと……旅をしてるの。シーヴァリアを目指してて。」
「旅人さんでしたか。でも今、シーヴァリアは旅人さんを受け入れていないんです……アルガスで起こった事件を知っていますか?」
「……事件?」
「アルガスの研究所がトーメント王国王下十輝星の、スピカに襲われたっていう事件です。アルガスから近いシーヴァリアも、今は警戒態勢を強めているんですよ。」
「え……!」
その言葉を聞いた途端、今まで変わらなかったリザの目が大きく開かれた。
「あ……ど、どうかされましたか?」
「いや、ちょっと……びっくりして。なんでもない……」

(……どうして、バレた?監視カメラも潰した。万が一私の顔を知っていた人間がいたとしても、私がスピカだなんてことを知っている人間はあそこにはいないはず……なのに……!)
ミライが何か言っているが、リザの頭には入ってこなかった。
(まずい……!あの研究所を襲ったのがトーメントだとバレることを王様は望んでいないはず……この件で王様から私への評価が下がったのは間違いない……!)
目的から遠ざかった気がして、リザは心の中で肩を落とした。
評価が下がるだけならまだしも……任務を失敗したことに対する報復の可能性もある。
自分が王の「リョナ」とやらの対象になる可能性を感じ、リザの顔に冷や汗が流れた。

380: 名無しさん :2017/05/21(日) 23:20:19 ID:???
「……さん……!リ……ん!リザさぁん!」
「えっ?」
思考の海にどっぷりと浸かっていたところを、ミライのまったりとした声に邪魔された。
「もしかしてリザさんは、アルガスの人なんですか?さっきの話を聞いて、かなり動揺しているみたいですけど……」
「あ、いや……これからいろんな国で戦争が起きたら、旅がやり辛くなるなと思って。」
「あ~、なるほどです。」
ミライのまったりとした声とゆっくりとした口調は、どうやら心を落ち着かせる効果があるらしい。
考えることは山ほどあるが、リザはとりあえず心を落ち着かせることができた。

「どうして……あそこに血だらけで倒れていたの?」
「え、ええっとですねぇ……一緒に聖騎士を目指している友達と修行をしていたのですが、はぐれてしまって……!1人で歩いていたら、すごい針にすごい角をした魔物に襲われて……」
(……さっき、妖精たちがドスって呼んでたやつかな。)
「それで……気がついたらリザさんに助けられていたのです。」
「そう……」
「あ、あの……!助けていただいたわたしがこんなことを言うのもなんですが、私の友達を一緒に探していただけないでしょうか……?」
「…………」
「だ、だめでしょうかぁ……?」
懇願するミライを放ってはおきたくないが、リザも任務の途中である。土地勘のない場所で得体の知れない少女といつ終わるかも分からない捜索活動を行うのは躊躇われた。
「も、も、もし、友達を探してくれたら……私、リザさんがシーヴァリアに入るお手伝いをします。今は警戒態勢なのですが、私と友達の口添えがあれば、問題なく入れるかもしれません……ど、どうでしょうか……?」
シーヴァリアを目指すリザにとって、ミライの申し出は理にかなっている。ただでさえ警戒態勢なのに、このまま無策で突き進むのもリスクが高い。
「……わかった。」
リザは、ミライの申し出を承諾することにした。

「……敬語はいらない。私のこともリザって呼んで。」
「あ、わ、わかりましたぁ。」
「……敬語、使ってる。」
「あ、ごめんね。き、気をつけるよ~」
(……やっぱり、さっきまではなんとなく無理して敬語使ってたみたいね。)
敬語を使っていた時も、ミライはどこか少し間延びした喋り方をしていた。
どうやら、普段はそんな喋り方をしているらしい。
洞窟を抜けて周囲が明るくなったところで、リザはミライの姿をもう一度確認する。

白を基調としたワンピースに、鍔がついている白い帽子。首には金色のペンダントをぶら下げて、背中には背丈と同じくらいのロッドを抱えている。
身長は155センチくらいだろうか。リザよりも少し小さいが、年齢はリザより一個上の16らしい。
だが、まったりとした口調とゆっくりとした所作によって、リザはミライに少し年不相応ののんびり屋という印象を受けた。

「あ、妖精さんたちだぁ~!」
「わー!みらい、げんきになったんだね!」
「よかったよかったー」
「みらいをここまでつれてくるの、めんどくさかったけどねー」
「でも、たのしかったよー!」
妖精たちと戯れるミライ。シーヴァリアの人間は妖精に慣れているようで、なんとミライとも顔見知りのようだった。
(でも……ミライっていう名前を知ってるほど仲がいいのに、薄情なところもあるんだ……)
どうやら妖精というのは、人間には理解できない思考回路らしい。

「ねえ君たち。いつもミライと一緒にいる黒い鎧を着た男の子を見なかったかなぁ?」
「じんのことー?」
「そうそう!ジンがどこにいるかわかる?」
「えー」
「わかんない。」
「しらないなあ~」
「ん~、そっかぁ……」
そのジンという男が、ミライと聖騎士を目指している友達らしい。
恋愛関係にあるのかは聞いていないが、リザにとってはどうでもよかった。

(とりあえず……さっさとジンとやらを見つけて、アイベルトを探す旅ためにシーヴァリアに潜入しよう……)
後のことは、それから考えることにした。

383: 名無しさん :2017/05/24(水) 09:11:50 ID:???
共にジンを探すことになったリザとミライは、妖精たちに別れを告げてラケシスの森を歩いていた。
「とりあえず、わたしと友達が一緒だったところまで戻るね。この辺の道ならなんとなくわかるから、わたしについて来て!」
「……そもそもどうしてはぐれたの?」
「そ、それはねぇ……かわいいうさぎさんを追いかけてたら、崖から落ちちゃって……目が覚めたら知らない場所だったんだ。」
「…………そう。」
「う、うわああぁ~、今絶対わたしリザちゃんに、アホの子だって思われたよぉ……!」
「……思ってないよ。」
アホの子というか、度が過ぎた天然というか。ミライののほほんとした思考回路はリザには理解できなさそうだった。
このままこの天然少女についていっていいものかと目をやると、ミライはしゅんとした表情でうな垂れていた。

「わたし、いつもこうなんだ。頭が悪くて、後先考えなくて……聖騎士になるためには、そういうところも大事なのになぁ……」
「……正直に言うけど、多分ミライは戦いには向いてないよ。無理して聖騎士にならなくてもいいと思う。」
「うん。自分でもわかってるんだ。でもわたしはセイクリッド家の一人娘だから……」
ミライに意味深に言われて、リザはセイクリッド家を思い出した。
シーヴァリアの名家であるセイクリッド家は、何世代にも渡って高名な聖騎士になっているいわばサラブレッド一族だ。トーメント王国の十輝星たちも、セイクリッド家の聖騎士には手を焼いたという。
「小さい頃から聖騎士になるために修行してきたけど、わたしこんな性格だからなかなかうまくいかなくて……って、わたしなんでリザちゃんにこんな話しちゃってるんだろう。……暗い話しちゃって、ごめんね。」
「……気にしてないよ。」
言葉では明るく振舞ってはいるが、かなり深刻な悩みのようだった。おそらく、周りにそういうことを話せる存在がいないのだろう。

「はぁ……また勝手に迷子になって、ジンくん怒ってるだろうなぁ……」

  • 最終更新:2018-01-21 23:33:29

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