04.01.さまよう三人

194: 名無しさん :2016/12/19(月) 19:51:49 ID:???
イータ・ブリックス地下水道を進む唯と瑠奈。
地下空間は完全に真っ暗というわけではなく、整備のためか所々に明かりが灯っているため歩くことは容易だった。
とはいえ、腐敗臭とよどんだ空気がずっしりと充満しており、長居は無用の場所である。
唯と瑠奈はすぐ隣に下水が流れる通路を、手を繋いで歩いていた。

「はぁ…頼むから変な虫だけは出ないでほしいわ…」
「あ、瑠奈虫ダメだもんね。もし変な虫が出たらわたしが投げ飛ばしちゃうから、安心していいよ!」
「ひええっ!そんなことしたらわたし唯と手繋げなくなるからやめて!足にして!足!」
「あ、そっか!見つけたら教えてね。思いっきり蹴り入れて吹っ飛ばしちゃうからさ!」
「う、うん。頼んだわよ…!」

このやり取りも久しぶりだな、と唯がしみじみと感じたとき、かすかに人の声のような音が響いた。

「瑠奈…何か聞こえない?」
「え?何も聞こえないけど…どんな音?」
「なんか…女の子の泣き声のような…」
「ちょっと!唯、わたしを怖がらせようとして適当なこと言ってないわよね!?」
「い、今はそんなことしないよ!ほんとに聞こえるんだもんっ!」

瑠奈が耳をそばだてると、水温に混じって確かに掠れた鳴き声のような声が聞こえてくる。

「ぅ………すっ………ひ………ぅ………」

「ほ、ほんとだ…!ちょっと待って、どうしてこんなところで女の子が泣いているの…?」
「もしかして、マンホールから落ちたとかかな?」
「ゆ…唯の天然思考にはいつも癒されているけど、今回はシャレにならないわよ…」
「だってそれ以外考えられないもん。早く助けに行こ?瑠奈?」
唯が走り出そうとすると、瑠奈はすぐさま鬼の形相で唯の袖を掴んで止めた。

「ま、待って唯!何かの罠かもしれないし、もしかしたらその…お…オ…」
「オバケなんかいないよ。瑠奈はそういうとこまだ子供なんだね~」
「ぐっ…と、とにかく、慎重に、細心の注意を払いつつ、背後にも注意しながら行くわよ…何があっても絶対に私から離れないでね…唯…!」
「もちろん。もう瑠奈から離れたりなんか絶対にしない…後ろはわたしに任せて。」
瑠奈はキョロキョロとあたりの壁や水路に異常がないか見渡しつつ、忍び足でゆっくりと声のする方へ向かった。唯も瑠奈と背中合わせで背後を確認しつつゆっくりと後退していく。
2人は気付いていないが、際どい服を着たナース2人が下水道を背中合わせで歩いている光景は、地下水路に響く女の子の鳴き声と同じくらい異常な光景だった。

「この中からはっきり聞こえるわね…」
たどり着いたのは水路突き当たりの扉の前。すすり泣く声はもうはっきりと2人の耳に聞こえていた。

「ううっ…ぐすん…どうして…どうしてこんなことに…ひっく…」

「瑠奈…早く行こう。聞いてて可哀想だよ…」
「わ、わかってるわよ…!でも中にいるのが女の子だと決めつけないで。あの王がどんな罠を仕掛けているか、わからないんだから…」
瑠奈は覗ける穴がないか扉を調べたが、鉄製の頑丈な扉にどこにもそんなものはなかった。
どうやら、中に入るしかないらしい。

「唯、聞いて。ゆっくり開けて引き摺り込まれたら危ないから、私が蹴破る。そしてすかさず2人でバックステップするの。できる?唯。」
「もちのロンだよ。でも…中にいる子がびっくりして泣いちゃわないかなぁ…?」
(もう唯…こんなときでも他人の心配ばかりして…まあそれが唯のいいとこでもあるけど…)

瑠奈は少し唯の言葉を頭の中で反芻したが、やはり危険を前にして大人しく入ることは瑠奈には躊躇われた。
(もう唯と離れるのは嫌…中の子には悪いけど、なりふり構ってられないわ!)
「中の子も気になるけど、まずは自分の身を心配して。…お願い。もうわたしは死んでも唯と離れたくないの…!」
「瑠奈…うん。わかった。瑠奈に任せるよ。ドーンといこう!」
「じゃあ、入るわよ…はっ!」

ガッシャアアアン!!
瑠奈が扉を強引に蹴り開け、すかさず2人は後方に飛んだ。
素早く中を確認するとそこには…
牢に入れられている長い金髪の少女が、恐怖と絶望に染まった目でこちらを見ていた。

195: 名無しさん :2016/12/19(月) 19:53:28 ID:???
「いやあああぁあぁああぁあ!!!もうやめてくださいぃいぃぃいい!!!」
少女は大きい音に驚いたのか、頭を抱えて丸まってしまう。
「あ、ご、ごめんなさい!決して驚かそうと思ってやったわけではなくて…」
「もう!!!もう!!!いっそわたくしを殺してください!!!もう痛いのも怖いのもいや…いや…!いやあああぁあぁああぁあぁあああ!!!」
瑠奈の弁明の声も、錯乱した少女の耳には入っていない。どうやらかなり精神をやられているようだった。

「あああぁああぁあぁあぁ!!!おとうさまおかあさまあああぁあぁあぁ!誰でもいいから助けてええええええぇえぇええ!!!」
「ど、どうしよう唯…わたしのせいだ…わたしがあんな音出して驚かせたから…」
瑠奈は泣きそうな声で唯の方を向いた。大きな目には涙が滲んで、今にもこぼれ落ちそうだった。
「唯の言うこと…ちゃんと聞いてればよかった…!」
「そ、そんなことないよ!とりあえず落ち着いてもらわなきゃ!…あそうだ!今の私たちを見てもらおうよ!」
「…え?」
唯はそう言うと、蹲る少女に近づいて声をかけた。
「驚かせてごめんなさい。でも、わたしたちはあなたにひどいことなんかしないよ。安心して。」
「いやぁッ!もう嫌なのぉッ!こんな世界やっぱりおかしいのよッ!一生ここにいたいなんて思ったから、きっとこんなことになったのよおぉッ!うわああぁあぁあぁあぁあぁあッ!」
少女は蹲ったまま頭をブンブンと振り回し、顔を上げようとはしなかった。
唯は少女のボロボロの白い服、手に残る痣、牢屋の周りに散らばる物騒な道具を見て、ここでなにがあったのかを少し感じ取ることができた。
「あなたも…あの王様に酷いことされたんだね?」
「ッ…!?あなたも…?まさか、あなたもですの…?」
「…うん。わたしも、そこにいる瑠奈も、あの人に酷い目にあわされたの。で、今は捕まらないようにこの水路を逃げているところ。」
「…じゃあ…わたくしの体になにもしないということですの…?」
「うん。あなたをここから助ける。わたしたちと一緒に逃げよう?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「少し落ち着いた?もし落ち着いたら、私たちを見てほしいな。きっと面白いから…」
「お、面白い…?」
「うん。あ、見てのお楽しみだから、口では教えられないよ。顔を上げて見てね。」
唯のゆったりとした優しい口調が、少女の心を正常に引き戻しつつあった。
しばらくの沈黙の後、少女は体を震わせながらもゆっくりと顔を上げた。

「…ぷっ。あなたたち、どうしてこんなところでナースのコスプレをしているんですの…?しかもそんな、破廉恥な…」
「したくてしてるわけじゃないよ!?な、成り行きでこうなってしまっただけだからね?」
少女を落ち着かせるため、唯は子供にするようにジェスチャーを交えて大げさに否定した。
「あ…あの…さっきは大きな音を出してごめんなさい。中の様子がわからなくて…」
「…もうよいですわ。わたくしも、みっともなく喚いて見苦しいところをお見せしましたし…」
瑠奈と少女が落ち着いた言葉を交わすのを見て、唯は安心していた。
「よし、まずはこの牢屋の鍵を探さないとね…あ、その前に自己紹介しようよ!わたしは篠原唯。唯って呼んでね。」
「わ、わたしは月瀬瑠奈。よろしく…わたしのことも呼び捨てで、瑠奈って呼んで。」
少女は立ち上がり、泣き腫らした顔を凛として姿勢を正した。

「わたくしは、アリサ・アングレームと申します…わたくしのことも、アリサと呼んでくださってよろしくてよ。唯、瑠奈…よろしくお願いしますわ。」

196: 名無しさん :2016/12/21(水) 22:58:19 ID:???
「アングレームってかっこいい名前だね!ハーフなの?」
「え?いえ、そういうわけでは…話せば長くなるので、細かい自己紹介等はまたのちほどということにしませんか?今は一刻も早くここから逃げ出したいのです。そろそろあの男がわたくしをいたぶりに来る予感がしてならないのですわ…」
「確かに。こんなところにいつまでも残ってて捕まっちゃったんじゃシャレにならないわ。」
「そうだね。じゃあ、急いでここから出よう!正しい道はわからないけど、とりあえず今来た道じゃない方を行こう!」

~~~~

3人が地下牢を慌ただしくあとにして間もなく、アリサが言った通りに王が様子を見に来た。
横にはエスカ、そしてペットの巨大蛞蝓、ベティを引き連れている。

「おっと?どうやら逃げられてしまったようだな。扉の破られ方からして、あの2人が逃げる途中にたまたま見つけてくれちゃった感じだなこれは。警備をつけておくべきだったな。」

やれやれといった様子で呟く王。

「あー、そう、みたいですねー。大変ですね、は、ははは。」
(ヤバイよヤバイよ…逃がしちゃった人数が1人増えちゃったよ…エスカの罪1.5倍だよ…今日は本当についてない日なのね…占うことができても避けられないなら意味ないし…!)

ぎこちない返答をするエスカ。
このまま黙ってればバレないはず。でももしバレちゃったら?
やっぱり正直に話した方がいいよね?
いやでもこわい…さすがに怒られるよこれは…
いやでも…やっぱり白状しない!…本当に大丈夫かな…

「残念だベティちゃん…今日のおやつは無しだ…」
「はい…おやつ?」
「あ、ごめんエスカ。今はベティと喋ってる。」
「は、はあ…?」

エスカが振り返ると、蛞蝓のベティが蠢いていた。
王の言葉を理解しているのかいないのか。その大きな軟体動物はしょんぼりして少し小さくなったようにも見える。

「そんなに落ち込まないでくれよ…なんとかするからさ…」

また1人呟く王。まるで本当に喋ってるかのようだ。

(うーん、よくわかんないなぁ…王様はこういうキモい生物にも愛着持てる人なのね…)

王と蛞蝓の会話(?)を聞きながら、ポカンとした表情でそのやりとりを見つめるエスカ。

(でもずっと見てると可愛く見えてきたり?…ないない。ていうかなんでエスカ連れて来られたし。蛞蝓には興味ないし、アリサ?とかいう人とも面識ないんですけど…)

(もしかしてエスカがやらかしたこと、もう王様にバレてる!?地下水路に入った時からヤバイかなとは思ってたけど、やっぱりそういうこと…?今からでも白状した方がいいの…!?こういうときは占いで…!)

急いで懐から水晶玉を取り出した所で、不意に王の言葉が耳に飛び込んでくる。

「…代わりにエスカでいいか。」

「……え?」
唐突に自分の名前を耳にし、ふと我に帰るエスカ。よく聞いてなかったけど話の流れからしてこれって…まさk

バクッ!

エスカは目の前が真っ暗になった!

「なんでええええええええええええええ!?」

197: 鍵忘れてたごめん…瑠奈が怪力でぶち破ったと思ってたよ… :2016/12/21(水) 23:36:43 ID:???
「悪いねエスカ。君にはアリサの代わりにおやつになってもらうことにした。」

「な、おやつって、エスカ消化されたりしませんよね!?」

「あー、消化されたくないか…」

「あ、当たり前ですよ!ていうか気持ち悪いんですけど!」

「残念だけど一回消化されちゃうかな。でも安心して。一度ベティちゃんと完全に一体化したあと再構築されてまた出てこれるから。気持ち悪さについてはもうちょっと我慢してくれるかな?そのうちよくわかんなくなると思うから。」

「全然安心できないんですけど…!むしろどんどんこわくなってきました…!!」

「大丈夫だって、気持ちよくなるから。体にもいいんだよ?」

「体にいいって今食べられそうになってるのエスカのほうだし!イヤ!やめて!助けてください王様っ!!」

足をバタバタさせて抵抗するエスカ。

「本当にすまない。すまないがちょっとおとなしくしてくれるかな。」

王はそう言うとエスカの足に向けて何やら指差した。
瞬間、エスカの足はぴったりと閉じられ、見えない何かに掴まれているかのように動かせなくなった。
それと同時にエスカの体は一気に蛞蝓のお腹の中へと落ちていく。
「え!?ちょっと王様!?動けない!あっ!あああああああぁぁぁ!!」
「あ、そういや水晶は俺がキャッチしたから無事だ。安心したまえ。数分で終わっちゃうから楽しんでね。」
「あ、ありがとうございますってええ!?いったい何を楽しめって言うんですか!?うわあああああああああああぁぁぁぁ!」

198: 名無しさん :2016/12/22(木) 01:29:47 ID:O88D9D2c
「きゃああああああああ!!!」
巨大蛞蝓ベティの食道を滑り落ちていくエスカ。体内はベティの飲み込んだもので溢れており、その中にはなぜか照明もあるため不自然に明るくなっている。
「ひぶっ!!!」
胃と思われる場所にたどり着き、エスカは叩きつけられて一回転した後尻もちをついて着地した。
「いったたぁ…ってなんじゃここはあぁ!?」
辿り着いた胃の中にあるものを見て、エスカは驚きを隠せなかった。
女性ものの洋服、なんの種類だかわからないデカい虫、気持ちの悪いマネキン、冷蔵庫や家の屋根…さらには人の腕のようなものまでが胃液の中でプカプカと浮かんでおり、まさに混沌の魔窟と化していたのである。

「うう…いっつてらぶーる!今日は人生最悪の日だあああ!」
目の前の光景に英語を交えて絶叫するも、体内の胃液はどんどんエスカの体を蝕んでいく。
着ていた紫のローブに胃液がつくと、とたんにジュー…という嫌な音を立てて溶けはじめた。
「あっ…!?だめえええええ!!このローブはオーダーメイドで作るのに何日もかかる上に26万ナーブルもするのにいいいぃぃ!お願いだからやめてよおおおおお!」
エスカの必死の祈りも虚しく、お気に入りのローブは見る見る汚い液体へと変わっていく…
ローブの布地はもちろん、装着されているパワーストーンやポーチの中のタロットカードなど、エスカの私物もすべて胃液に溶かされようとしていた。
「ダメ!ダメ!だめえええ!!あぁ…わたしのたからものがぁ…ぜんぶ溶けちゃうよぉ…」
大切な占いグッズを失った悲しみで泣きそうになるエスカ。
…だがその時彼女は、宝物の喪失よりも重大なことに気が付いたのである。

「あ…いやちょっとまってまって…てかてか!このローブがないと…エスカ、エスカ顔を隠せないよおおおおおおおお!」
「あー…エスカはそういう病気だったな…しばらくぶりだったからすっかり忘れていたよ。申し訳ない!…まあ服の金は後で私が用意するから、安心したまえ。」
王の能天気な声がかすかに聞こえて来たが、エスカにはよく聞き取れなかった。

206: 名無しさん :2016/12/23(金) 16:34:59 ID:mR0nSSqo
「はぁ…もう半日は歩いてるのに、全然地上に戻れそうな場所が見当たらないわね…」
唯、瑠奈、アリサの3人は、迷宮のように入り組んでいる薄暗い通路を歩いていた。

「はぁ…お腹空いたなぁ…カレー食べたいなぁ…」
「わたしもぉ…でもさ、地上に上がったって結局、わたしたちお金持ってないわよね…」
「そ、そうだった…!働く代わりに食べさせてもらうしかなさそうだね…」
「この世界でそういう人情的な優しさを期待してもいいのかしら…?しかもわたしたち今こんな格好だし…」
「わたしと瑠奈はセクシーナースで、アリサの服はボロボロだもんね…どうしようかなあ…」
唯と瑠奈の会話をなんとなく聞いていたアリサだが、その中で気になった言葉が一つだけあった。

「この世界で…って、どういうことですの?まるで他に世界があるみたいな言い方ですけれど…?」
「あ…瑠奈、この話してもいいのかな?」
「別にいいと思う…信じてもらえないと思うけど、私たちはこの世界の住人じゃないの。別の世界からおそらくあの王に無理矢理連れてこられたのよ。理由はよくわからないけど…」
「いいえ、信じますわ。わたくしも…この世界の住人ではありませんの。おそらくあなた達と同じ世界の住人だと思いますわ。」
「そう…だったんだ。わたしたち以外にもそういう人がいたんだね…」
「恐らくは…あの王の卑劣極まり無い趣味のために、わたくし達はこの世界へ連れてこられているのですわ…」

「その趣味って、わたしたちを徹底的に痛めつけて弄ぶってことよね…!許せない!今度会ったらわたしの回し蹴りでボコボコにしてやるっ!」
「わ、わたしはもうあんな人には会いたくないよぉ…」
弱気な声を出す唯を尻目に壁に向かって強烈な蹴りを繰り出す瑠奈。もともと少し喧嘩っ早く気の強いところがある瑠奈にとって、王にやられた虫責めは屈辱以外の何者でもなかったのである。
「まあわたしはともかく、唯にあんなことさせたのは絶対許せないわ!元の世界に帰る前に、あのゲス男にはキッツい回し蹴りをくれてやらないと、わたしの怒りは収まらないわよ…!」
「もう瑠奈…お願いだから危険な事はやめてよ?瑠奈がまた操られたりしたら嫌だからね…?」
瑠奈が怒り、唯が嗜める。アリサはこの2人の相反する性格が、両者の短所を補い合あっているのだと思った。
2人の間に、硬い絆があることも…

(彩芽…あの事件から何年も経つけれど、あの子は未だにあの部屋から出られていないのかしら…)
2人の姿を見て、かつての友を思い出すアリサ。その友とは世界を跨いで再会を果たすことになる事を、この時のアリサは知る由もなかった。


  • 最終更新:2018-01-21 22:59:32

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